中学受験という選択

中学受験専門塾の現役講師が語る、中学受験の現実。

中学受験のゴール

入試直前の、1/31。東京・神奈川地区の中学受験を明日に控えたこの日、子ども達の状態は様々である。

そもそも、中学受験を終えた時に、子どもがどのような状態になっているべきか、どのような状態でいてほしいのか、考える保護者は少ない。

もちろん、第一志望の中学に合格をし、4月から始まる学校生活に期待を抱いてほしい、という、”誰でもすぐに思いつく”状態ではない。

中学受験という、あえて選択した”経験”が、我が子にどのように染み込んでいる状態であってほしいのか、ということである。

 

いくつか実際の例を挙げてみよう。

その1

受験に向け、親子二人三脚で努力を続けてきた子ども。苦手な科目も辛いながら必死にこなし、覚えるべき理科や社会の知識を必死に詰め込み、解けない算数の問題や、理科の物理・化学の問題を、「せめて同じ問題だけでも解けるように!」と何度も解く。

結果、理科(特に生物・地学)や社会は“必死に覚える科目”、算数や理科(特に物理や化学)はパターンに当てはめて解く科目、応用問題はとりあえず捨てておく科目、となる。

この状態で中学に進学すれば、どうなるか。

親子で取り組むものであった勉強から、中学に入った途端、自分一人で進める勉強になる。しかも、必死に覚えるものであった科目は、必死に覚えなくてはならない状況ではなくなる。受験生だった時には想像もしなかった、つまづきがやってくる。

 

その2

小学校低学年から塾に通っていた我が子。気がつけば勉強が苦しそうになっている。頑張らせるために、テストの結果を毎回必死に分析し、子どもにコメントをする。どうしても気になってしまう偏差値。目標とする学校に届かない偏差値を前に、「あと偏差値を5上げよう」「あと偏差値を10上げよう」とハッパをかける。子どもは親の期待に応えようと必死に頑張ってはいるが、結果がついてこない。そんな中、当初の第一志望を諦め、苦渋の選択で第一志望を変更し、受験することを決めた。

第一志望を初心貫徹、変えないことはとても大切である。初心貫徹するためには、最初に掲げた目標が、親子共々心から目指そうと思える目標であることが欠かせない。親の希望の押し付け、未熟な子どもが安易に決めた目標を鵜呑みにする、など、受験を乗り越えられるだけの動機に不十分な目標では、初心貫徹は到底難しい。そのため、志望校を変更する(主に難度を下げる)ことになる。これは、“受験というものは、目標に到達できそうにない場合は志望校を下げるものだ”ということを教えることになる。目標に届くように必死に努力をする、最後の1日、最後の1時間、最後の1分まで全力で挑み、勝利を勝ち取る。ダメだった場合は、何が足りなかったのか、しっかり振り返りをする。

目標を諦めることなく、最後まで努力ができる力を、不要だという人は少ないだろう。結果がどうあれ、第一志望は譲らない。これは鉄則だと思っている。

もう一つ。子どもと一緒にテスト結果の振り返りをする場合、偏差値、点数のみで評価をすることは無意味である。いや、害にしかならない。中学受験を目指す小学生が、カンニング常習犯が思いの外、多い。そして、そういった子どもの親は、必ずと言っていいほど、点数や偏差値のみで子どもの学習状況を判断している。子どもが必死に努力した結果、点数に結びつかないケースで、子どもの努力を評価していないのだ。その結果、点数が取れるのならば手段は選ばない、いや、手段を選ぶ余裕のない子どもが育つ。そうして1年、2年カンニングをして育つ子どものカンニング癖を治すことは至難の技だ。

 

中学受験は、親の受験とも言われる。親が頑張る受験。ただ、この意味を履き違えている保護者があまりにも多い。親が頑張るのは”学習指導”だけではない。目の前に大量に押し寄せ続ける”やるべきコト”に流されず、子どもにとって”あるべき姿”を保ち続けることだ。

努力が結果に結びつかなかった時、怒るのではなく、励ます。

志望校を決める時、親の思いだけで決めるのではなく、子どもの希望の言いなりになるのではなく、一緒に、いろいろな学校を見て、話し合い、夢を描きながら決める。

子どもの成長が思った通りに進まなくても、”それも個性”と受け止め、子どもの成長と向き合い、一緒に最後まで受験を乗り切る。

子どもが中学に進学するまでに、受験を通じて身につけなくてはならないことは何か、を常に考え、目先の”ベストに見えること”を安易に選択しない。

 

どれもとても難しいことだが、本当に伸びる子どもたちを支える保護者は、意識はしていないと思うが、これらのことが(全てではないにしても)きちんとできているように思う。

 

中学受験、成功するか、失敗するか。結果はすでに出ている。

合格は、その副産物でしかない。

失敗した受験で第一志望合格を勝ち取ったとして、その先には”思い描いていた6年”はやってこない。

 

 

入試本番を明日に控えた、今日。

今日という日を無事に迎えられてよかった、と話してくれた1人のお母さんがいた。

まだ明日からが本番ですよ、と言いながら、これまで子どもが経験して来たことに満足してくれていた。

明日からの本番、順風満帆には行かないだろうが、その親子の受験は成功したと言えるな、と思った。

 

明日から始まる受験本番。これまで様々なものを積み重ねてきた子どもたちが、彼らの進むべき道にきちんと進むために、我々は最後の応援をする。

受験当日、力を発揮しきれずに後悔することがないように。

 

 

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